禁酒法とは|1920〜33年にウイスキー産業に起きたこと
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最終更新 2026-09-29
米国の禁酒法は1920年1月17日から1933年12月5日まで、13年10か月余り続いた。この間ウイスキーの製造・販売は原則禁止されたが、医師の処方箋があれば薬として合法的に入手でき、医療用ウイスキーの免許を得た6社がこの制度のもとで販売を認められた。
早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠法 | 合衆国憲法修正第18条(1919年1月16日批准) |
| 施行細則 | ボルステッド法(全米禁酒法、1919年10月28日成立) |
| 開始日 | 1920年1月17日 |
| 終了日 | 1933年12月5日(修正第21条批准) |
| 期間 | 13年10か月余り |
| 医療用ウイスキーの免許を得た業者 | 6社 |
| 処方の上限 | 10日ごとに1パイント(約473ml)以下 |
修正第18条とボルステッド法
合衆国憲法修正第18条は1919年1月16日に批准された。第1節は、批准から1年を経た後に、飲用を目的とする酩酊性酒類(intoxicating liquors)の製造・販売・輸送と輸出入を禁じると定めており、禁酒法は1920年1月17日に始まった。取り締まりの手続きを定めたのが、1919年10月28日に成立したボルステッド法(正式名は全米禁酒法)である。同法はアルコール分0.5%を基準に規制対象の飲料を定めたため、蒸溜酒だけでなくビールやワインも対象になった。
同法には医療用・宗教儀式用・工業用の例外があり、許可を得た医師は患者にウイスキーを処方できた。
医療用ウイスキーの免許を得た6社
業界誌VinePairによると、医療用ウイスキーの免許を得たのは次の6社だった。
- American Medicinal Spirits
- Schenley Distilleries
- Brown-Forman
- Frankfort Distillery
- James Thompson and Brother(のちのGlenmore Distillery)
- A. Ph. Stitzel Distillery
米国薬史学会(American Institute of the History of Pharmacy、AIHP)の記事によると、処方を受けた患者が受け取れるのは10日ごとに1パイント(約473ml)以下に限られていた。処方の許可を得た医師は6万4,000人で、処方箋は年に約1,100万件書かれたと推定されている。同じ記事は、1899年に全米で約965あった蒸溜所に対し、禁酒法下で合法的にアルコールを製造できた蒸溜業者は約33だったとしている。
1922年の集中貯蔵倉庫
1922年には集中法(Concentration Act)が成立し、既存の樽はすべて、政府が監視する約30か所の集中貯蔵倉庫へ移すよう求められた。VinePairによると、医療用のボトルに12年や14年熟成のウイスキーが詰められることもあった。
修正第21条による廃止
合衆国憲法修正第21条は1933年12月5日に批准され、修正第18条を廃止した。
ラベルのどこを見るか
VinePairによると、禁酒法期の医療用ウイスキーは1パイント瓶で出回り、ラベルには「for medicinal use only(医療用に限る)」という文言が入っていた。この時代にちなむ現行品としては、オールドフォレスターの「Old Forester 1920」(2017年発売)や、当時の1パイント瓶を模した375mlの瓶と紙箱を使うバッファロートレースの「Prohibition Collection」(2023年10月発表、5種)がある。
ラベルの「Bottled in Bond」表示が示す要件はBottled in Bondとはと保税倉庫とはにまとめている。蒸溜所ごとの変遷はアメリカンウイスキーの蒸溜所年表、ストレートウイスキーの定義はストレートウイスキーとはを参照。
出典
- 18th Amendment - Introduction - Library of Congress
- 18th Amendment - Cornell Law School Legal Information Institute
- Remembering Pharmacy's Past: Prohibition Era Medicinal Liquors - American Institute of the History of Pharmacy
- The Strange History of Medicinal Whiskey and Its Modern Revival - VinePair
- Who Had Medicinal Whiskey Licenses During Prohibition? - The Chuck Cowdery Blog(補強)
- Volstead Act - Wikipedia(補強)
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よくある質問
- 禁酒法はいつからいつまで続いたか。
- 合衆国憲法修正第18条による禁止が始まった1920年1月17日から、修正第21条が批准された1933年12月5日までの13年10か月余り。
- 禁酒法中に合法的にウイスキーを買う方法はあったか。
- 医師の処方箋があれば薬として入手できた。米国薬史学会(AIHP)によると、患者が受け取れるのは10日ごとに1パイント(約473ml)以下で、業界誌VinePairによると医療用ウイスキーの免許を得たのは6社だった。
- 禁酒法はアメリカの蒸溜業界にどのような影響を与えたか。
- AIHPによると、1899年に全米で約965あった蒸溜所に対し、禁酒法下で合法的にアルコールを製造できた蒸溜業者は約33だった。1922年の集中法では、既存の樽を政府が監視する約30か所の倉庫に集めることが求められた。




